酔っ払いと猫と街灯と。

いくつかの小さな反乱の後、ごつごつとした床から体をゆっくりと起こす。

自分が寝ていたことは、もう少ししてから気がついた。その前に飲みすぎたことにも気がついていた。

老人がこちらに話しかけるが、何を言っているのかわからない。なんとか唇の動きを凝視して、耳からの刺激を解釈しようとするが、音を意味あるものに仕立てるのに数秒の遅れが発生してしまう。

結局よくわからなかったが、体調を気遣ってくれているのだろう。私は揺れる視界に身体を持っていかれそうになりながらも、老人の申し出を乱暴に断った。

階段を下り、横断歩道を2回渡り、再び階段を登った。

街灯がこちらをじっと見ている。僕は彼に答えた。

「おい、なんでそんな猫背なんだ?もうちょっとシャキッとしろよ、シャキッと!社会人としてどうなんだよ!」

彼はうつむいたまま何も答えてくれない。

彼の向こう側に、月が半分だけ輝いている。彼の光が邪魔して月が窮屈そうにしている。

「なぁ、お前のせいで月がかわいそうだろう。他人のことも思いやれねぇのか?」

足がもつれ、その場に倒れこむ。うつむくと胃からさっきまで体内にあったものが込み上げてきた。

なんの突っかかりもなく、口から流れ出ていく。液体と溶けかけの固形物は、階段の脇の溝を伝って流れていった。

口からよだれが垂れているが、構わず彼に話しかける。

「なぁ、おれは時々わかんなくなるんだよなぁ。周りからお前は誰それだって言われるから、そうなんだなぁって、ガキの頃から思ってたけど、実は違うんじゃなぇかって。」

ここまで話すと、もう一度側溝に吐いた。

「おれはおれだ、間違いない。なんだって、おれがそう信じてんだからな。あいつら、おれのことはいねぇ体でぺちゃくちゃ話しかけてきやがる。お前はどうなんだよ!おい!」

「どないされたんですか?」

流線型の、細い声が聞こえた。彼ではない。

辺りを見回しても誰もいない。猫背の街灯と、階段と、側溝と、吐瀉物が全てだ。

「飲まれてますねぇ。」

声のした方を向くと、白を基調とした身体に、茶色のまだらがいくつか目立つ、縦長の瞳を持つ猫がじっとこちらを見つめていた。

「どないされたんですか?」

「おれはお前みたいな猫が大嫌いなんだぁ。えぇ。起きたいときに起きて、寝たいときに寝やがって。」

まだらの猫は臀部だけ地面につけながら座り、こちらをじっと見ながら答えた。

「なんだい、人間にしてはずいぶんと頭が悪いんだねぇ。あたしはさっきの彼に向けた一言には感心したもんだよ。さすが人間は違うって。」

「へぇ、猫がおれのことを評価してくれてたのか。」

嫌みをこめて返した。

「まぁ、好きにするといいさ。」

猫はふっと後ろを向き、音も立たない歩みで、暗闇に溶け込んでいった。

散々だ。そう思った。

口を拭い、太ももに力を込め、立ち上がる。視界の揺れはさっきより小さい。

階段を登り始めた。暗闇と身体の輪郭がぼやけてゆく。帰ったら洗い物しなきゃ。不意に帰宅したときの家事の流れが、頭の中に流れてきた。

階段を登りきり、さっきまで座り込んでいた場所を眺める。街灯に照らされそこだけ確かに存在を確認できる。自分の身体から出た吐瀉物は、もう見えない。